日本病巣疾患研究会

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慢性上咽頭炎CHRONIC EPIPHARYNGITIS

慢性上咽頭炎とは

慢性上咽頭炎の研究とその概念の普及は日本病巣疾患研究会(JFIR)の重要な課題と位置付けております。では「慢性上咽頭炎」とはどのような病態でしょうか?

「朝起きると痰が絡む」「のどがイガイガする」「のどの奥が詰まった感じがする」このような自覚症状を持ちながら毎日の生活を送っている人は意外に多いのではないでしょうか?

しかし、症状が気になって耳鼻咽喉科や内科を受診しても「異常ありません」と医師に説明され、時には「軽い炎症がありそうですから、痰を切れやすくするお薬を出しておきましょう」と去痰薬などを処方されて服用するも症状は一向に改善されず、いつしか治ることを諦めてしまった、という経験をもっている人々が日本には少なからずいると実感しています。

患者さんはのどの奥下に何か異常があると感じるのですが、意外なことに不快な症状の根本原因は鼻の奥、すなわちのどの奥上の上咽頭にあることが多いのです。この不思議な現象について医学部の学生時代には学ぶ機会はなく、医学の教科書にも載っていないので、この領域を専門とする耳鼻咽喉科医にもあまり関心を持たれていないのが現状です。

上咽頭は鼻腔の後方に位置し、ここで左右の鼻孔から吸い込んだ空気が合流して、気管に向かって下方に空気の流れが変わる、中咽頭へと続く空気の通り道です。しかし、重要なことは上咽頭が単なる空気の通り道ではないことです。

鏡の前で口をアーンとあけると見える口蓋垂(のどちんこ)の向こう側の壁が中咽頭で、その上が上咽頭、中咽頭の下が下咽頭です。中咽頭と下咽頭は食物と空気のスクランブル交差点となり、口腔内と同様に表面は頑丈な扁平上皮で覆われています。一方、上咽頭は空気の専用通路であるため、鼻腔や気管と同じく表面は繊毛上皮で覆われています。

舌咽神経+迷走神経支配神経線維が豊富

堀田修「病気が治る鼻うがい健康法」2011年KADOKAWA

また、上咽頭の表面を覆う繊毛上皮細胞の間には多数のリンパ球が入り込んでおり、上咽頭そのものが免疫器官としての役割を担います。

実際、上咽頭を綿棒で擦過すると健常人でも多数のリンパ球が採取され、その性質を調べてみると活性化された状態のリンパ球であることがわかります。つまり、上咽頭のリンパ球は健康な人でも戦闘準備状態にあり、細菌やウイルスなどの病原体が侵入するとすぐに戦闘に突入できるようになっているのです。

この部位が健常者でも軽い炎症(生理的炎症)のある状態になっていることは、炎症部位にアイソトープが集積する性質を利用した核医学検査を行うと、健常者でも上咽頭にアイソトープの集積を認めることによりわかります。

Ga炎症シンチと上咽頭

炎症部位に取り込まれるアイソトープ(Ga)を用いて炎症部位を検出する検査にて、健常者でも上咽頭は陽性所見を認める。

生理的炎症の状態から細菌やウイルスの感染などがきっかけで炎症が強くなった状態が「病的炎症」で、その典型が感冒です。感冒では最初の現象として急性上咽頭炎が起き、その結果、のどの痛みや痰などの自覚症状が生じます。また、上咽頭は神経線維が豊富で迷走神経が投射しており、自律神経とも密接な関係があります。そして、関連痛として上咽頭に比較的近い部位である首や肩のコリや頭痛が生じます。「ひどい肩こりを感じたら、実はインフルエンザの始まりだった」という経験を持っている人は少なくないと思いますが、この肩こり症状も実は急性上咽頭炎の関連症状です。

ところで、炎症には急性炎症と慢性炎症があります。急性上咽頭炎の代表は感冒です。一方、急性炎症ほど激しくありませんが、軽度から中程度の病的炎症が持続する状態が慢性炎症です。慢性上咽頭炎では自覚症状が無いことが多いですが、症状がある場合は「長引く風邪」として自覚します。

慢性上咽頭炎が関連する全身の症状

「風邪は万病の元」の諺が示すように腎臓病、関節炎、膠原病、皮膚疾患など様々な疾患が風邪をきっかけに発症することは古来より知られています。実はこの「万病の元」として慢性上咽頭炎が重要な役割を果たしている可能性があります。すなわち、上咽頭は繊毛上皮に覆われて、空気の通り道として細菌やウイルスなどの病原菌が付着し易いのみでなく、免疫応答を担当する免疫器官としても働きます。そのため、病的炎症によりリンパ球などの免疫担当細胞が活性化されると、活性化されたリンパ球や単球に加え、これらの細胞が産生した炎症物質(サイトカイン)が血流に乗って全身を駆け巡り、遠くはなれた腎臓、関節、皮膚などに炎症を引き起こすという重要な機序が存在します。

この場合、上咽頭炎を「病巣炎症」(原病巣)と呼び、病巣炎症によって引き起こされた腎炎、関節炎、皮膚炎などを「二次疾患」と呼びます。そして、この現象は本来は外敵から自己を守るはずの白血球が、免疫システムに狂いが生じることにより、自らの組織を攻撃する「自己免疫疾患」といわれる病態とみなすことができます。また、上咽頭炎以外では扁桃炎(扁桃病巣炎症)と虫歯、歯周囲炎(口腔病巣炎症)の頻度が高く「病巣炎症」として知られています。

免疫の異常によって引き起こされる二次疾患には「炎症」という共通点があり、ステロイド剤をはじめとする炎症を抑える薬剤が使用されますが、二次疾患のみに着目した対症治療では症状を軽くできても疾患の治癒にはつながらず、しばしば、生涯にわたる対症治療の継続が必要となります。二次疾患の治癒を目指すには対症療法のみでなく病巣炎症の治療を含めた根本治療が必要であることは、前述した病気のメカニズムを理解すると容易に納得がいくと思います。

また、興味あることに、上咽頭炎は免疫システムを介して二次疾患を引き起こすのみでなく、自律神経の調節異常を介して、めまい、嘔気、胃部不快、便通の異常、全身倦怠感、うつなどの不快に感じる様々な症状も引き起こします。上咽頭炎が自律神経調節障害を引き起こすメカニズムは不明ですが、自律神経の中枢は視床下部であり、空気の通り道として上咽頭は自律神経中枢の近傍に位置するため、自律神経系に影響を及ぼしやすいのかも知れません。

実際、めまい、偏頭痛などの自律神経系の乱れが関与すると考えられる症状をもつ患者さんには、しばしば激しい上咽頭炎が認められ、塩化亜鉛塗布などの上咽頭炎治療を行うと症状が軽快します。そして、自律神経障害に対する上咽頭炎治療の効果は、炎症が関与する二次疾患とは異なり、効く場合には即効性があります。

自律神経障害による諸症状を訴える患者では検査データ上に異常がなく、多くの場合は不定愁訴とみなされ、中には軽いうつ病と診断されて抗うつ薬が投与される場合もありますが、慢性上咽頭炎は擦過診による診断・治療が容易であり、そのうえ即効性もあるので先ずは疑ってみる価値があります。

以上をまとめると慢性上咽頭炎に関連する症状は①慢性上咽頭炎そのもの、あるいは炎症の放散による症状、②自律神経系の乱れを介した症状、③免疫機序を介した二次疾患に大別されます。そして、このように幾つかのメカニズムを介して異なる病態を引き起こすため、結果としてその症状は驚くほど多彩となります。

慢性上咽頭炎が関与しうる疾患と症状
上咽頭炎による直接症状(放射痛を含む) 咽頭違和感、後鼻漏、咳喘息、痰、首こり、肩こり、頭痛、耳鳴り、舌痛、歯の知覚過敏、多歯痛、顎関節痛など
自律神経系の乱れを介した症状 全身倦怠感、めまい、睡眠障害(不眠・過眠)、起立性調節障害、記憶力・集中力の低下、過敏性腸症候群(下痢・腹痛など)、機能性胃腸症(胃もたれ、胃痛など)、むずむず脚症候群、慢性疲労症候群、線維筋痛症など
病巣炎症として免疫を介した二次疾患 IgA腎症、ネフローゼ症候群、関節炎、胸肋鎖骨過形成症、掌蹠嚢疱症、乾癬、慢性湿疹、アトピー性皮膚炎など

堀田修 「道なき道の先を診る」2015年. 医薬経済社

塩化亜鉛溶液を用いたEAT<イート>(上咽頭擦過治療)

上咽頭炎の治療として効果的なものは0.5%~1%塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒を用いて、鼻と喉から直接上咽頭に薬液を擦りつけることです。この治療はEAT<イート>(Epipharyngeal Abrasive Therapy、上咽頭擦過治療)と本研究会では呼称を統一することとしました。ちなみに従来は、「Bスポット治療」と言われており、その”B”は鼻咽腔(ビインクウ)の頭文字で、1984年に慢性上咽頭炎(当時は「鼻咽腔炎」と呼ばれることが多かったようです)の大衆向け本「原因不明の病気が治るDr. 堀口のBスポット療法」(堀口申作著、光文社)が出版される時に、読者の関心を高めるために出版社が命名したとのことです。

塩化亜鉛溶液を用いた上咽頭擦過(EAT)による診断と治療

0.5%~1%塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒(鼻から:鼻綿棒、のど:喉頭捲綿子)を上咽頭の後壁に強めに擦りつける。

この治療を何時、誰が始めたかは明らかではありませんが、山崎春三大阪医大初代耳鼻科教授と堀口申作東京医科歯科大学初代耳鼻科教授がこの治療のパイオニアとして、1960年代に精力的にこの治療に取り組まれたことは間違いありません。しかし、当時の文献を調べた限り、治療薬として塩化亜鉛溶液を使用する根拠に関しては不明です。

EATの処置そのものは単純ですが、効果的な処置とするには多少のコツが必要です(医師向け診断と治療内容の詳細は会員専用サイトに掲載準備中)。また、慢性上咽頭炎に対する塩化亜鉛溶液の上咽頭擦過は、「治療」になると同時に慢性上咽頭炎の「診断」にもなります。

堀口氏によればEATをした時の出血の程度と痛みの程度が上咽頭の粘膜上皮細胞の変性の度合いと相関し、炎症の程度の指標になるといいます。つまりEATをした時に出血が激しいほど炎症が重症で、痛みの程度も強いということになります。そして、EATを継続すると出血は徐々に減少し、処置に伴う痛みも軽くなり、それと同時に慢性上咽頭炎が関連する二次疾患(皮膚炎、関節炎、頭痛、めまいなど)の症状の改善が得られます。

ところで、堀口氏の時代には現在のような精巧な内視鏡機器はなかったので肉眼的に慢性上咽頭炎を診断することは困難とされていました。しかし、今日では高性能の内視鏡検査機器を駆使することにより慢性上咽頭炎のかなりのレベルまで内視鏡的診断も可能になっています。

EAT(上咽頭擦過治療)が効くメカニズム

慢性上咽頭炎に関連する全身症状が多彩であるということは、別の見方をすると慢性上咽頭炎に対して有効な治療を行えば様々な症状や疾患に効果があるかも知れないということに繋がります。

実際、1960年代、70年代に脚光を浴びた慢性上咽頭炎治療が世の中に定着することなく衰退した理由の一つとして「Bスポット治療は万病に効くという論調が結果的に医師の懐疑心を招いた」ことを挙げ、邂逅される当時を知る医師もおられます。

EATの作用機序は以下の3つに大別されます。

  • 第一は塩化亜鉛による収斂作用です。これにより上咽頭の炎症が沈静化され、炎症が原因の疼痛や放散症状が軽快します。また、リンパ球の活性化を伴う病巣炎症の鎮静化をもたらすため自己免疫機序により生じた二次疾患に好影響を及ぼすことが推察されます。
  • 第二の機序はEATの瀉血作用です。脳の老廃物は脳脊髄液・リンパ路・静脈循環を経て全身循環血中に排泄されますが、慢性上咽頭炎の際に認められる上咽頭の高度なうっ血状態はこの排泄機構の機能不全と関連することが推察されます。特に激しい慢性上咽頭炎の際にEATで認められる上咽頭からの著明な出血現象は、それ自体が障害された脳脊髄液・リンパ路・静脈循環の改善に寄与しているのかも知れません。
  • 第三の機序は迷走神経刺激反射です。上咽頭は迷走神経と舌咽神経の支配を受けていますがEATに伴う迷走神経刺激が同治療に伴う様々な症状の改善に密接に関与している可能性があります。

21世紀に入って神経内分泌・自律神経と炎症反応が迷走神経を介して深く連関していることを示唆する興味深い発見が相次ぎました。迷走神経が関係する炎症反射はその一つです。

迷走神経は脳幹に端を発し、左右一組の神経線維の束として頸部を下り、胸部を通り抜けて腹部全体に広がります。曲がりくねった経路の途中で、直接、または間接的に体の器官の大部分と接続しています。迷走神経刺激により脾臓のTリンパ球が刺激されてアセチルコリンを分泌し、マクロファージにおけるTNF等の炎症分子の産生を抑制し、炎症反応が抑制されます。こうした発見をもとに、人為的に迷走神経を刺激して自律神経障害や炎症疾患を治療しようという発想が生まれ、電気刺激技術を利用して迷走神経を刺激することにより様々な病気を治療する、バイオエレクトリック医療が実臨床に試みられ、その成果が近年注目されています。

頚部の迷走神経を露出し、神経に電極を巻付け、リード線を皮下に通して胸部に植え込んだ電気刺激発生装置に接続する迷走神経刺激治療(vagus nerve stimulation, VNS)はすでに関節リウマチ、炎症性腸疾患などの炎症性疾患や自律神経系疾患の一つである線維筋痛症に有効である可能性が示唆されています。さらに、アルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、高血圧、肥満、癌、喘息、肝炎、炎症性腸疾患、過敏性腸炎、過敏性膀胱、関節リウマチ、SLEなど極めて多岐にわたる疾患でVNSなどの神経刺激療法による効果が期待されています。そして、私たちが注目している点はこれらの候補に挙がっている疾患の多くがかつて堀口氏がBスポット治療が有効とした疾患と共通していることです。

塩化亜鉛上咽頭擦過治療(EAT)による多彩な効果発現のメカニズム

EATの効果発現機序は
① 塩化亜鉛の組織収斂作用、抗炎症作用による上咽頭の炎症の鎮静化。
② 上咽頭に投射する迷走神経を刺激することによる自律神経系への作用と迷走神経・炎症反射を介した抗炎症作用。
③ 上咽頭擦過に伴う瀉血による上咽頭うっ血状態の改善を介した脳脊髄液・リンパ路・静脈循環の改善。
の3つの機序に大別される。咳、後鼻漏、頭痛、咽頭違和感、微熱などの改善は主に①と関連。自己免疫疾患の改善には①と②が関与する。また、自律神経障害などの機能性身体症候群の改善には②と③の機序が関与する。

慢性上咽頭炎治療のパイオニアである山崎氏や堀口氏が活躍した1960年代では研究の主体は臨床の観察研究にとどまり、あまりにも多岐にわたる疾患や病態との関連についてそのメカニズムを科学的に解明することは当時の医科学技術では困難でした。しかし、それから半世紀の時がたち、神経系による免疫系の制御機構が分子レベルまで解明出来るようになり、科学的証拠に裏打ちされる慢性上咽頭炎治療再興の舞台がいよいよ整ったように感じられます。

EAT(上咽頭擦過治療)の安全性とリスク

EATの提唱者である堀口先生によれば、塩化亜鉛溶液を用いたEAT(上咽頭擦過治療)は安全で、妊婦に行っても問題は無いとしています。実際、EAT施行歴60年で、小児も含め約4,000人の患者さんに対して、計10万回を超すEATを行なった経験のある谷俊治先生(東京学芸大名誉教授)のお話では、これまでEATの安全性に問題を感じられたことはないそうです。

しかし、これまでのところEATの安全性を評価するための臨床試験は行われておりません。そして、留意すべき点として、国外ではグルコン酸亜鉛溶液の点鼻用ゲルの開発が、嗅覚減退した症例により中止された事実があります。また、堀口先生もEATで嗅覚が低下した例があると書物に記載しています。従いまして、嗅神経が分布する鼻腔の天井部位に近い部位の塩化亜鉛塗布は避けるべきです。

尚、塩化亜鉛を塗布しないと炎症部位に対する収斂作用はありませんが、薬液をつけずに綿棒で上咽頭壁を擦過するだけでも慢性上咽頭炎がある場合は瀉血効果と迷走神経刺激効果は期待できます。それ故、塩化亜鉛を使うことに抵抗感がある方は薬液をつけない上咽頭擦過治療という選択肢もあります。
このような点を留意し、EATを行うのは原則として医師に限定すべきと私たちJFIRは考えます。

堀田 修

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あさ出版様特設ホームページより転載させていただいております。