日本病巣疾患研究会

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総論GENERAL TOPIC

病巣疾患とは?日本病巣疾患研究会 -JFIR-が目指すもの

「病巣疾患」という言葉は一般の方にはもちろん、医師や歯科医師にとってもあまり馴染みがないかも知れません。私たちの研究会の名称である「病巣疾患」とは何か?また私たちが今何を問題とし、そしてこの先何を目指して日本病巣研疾患究会(JFIR)が活動するかについて概説したいと思います。

口、鼻、のど(咽頭)から始まる全身の病気

私たち人間は生きていくための「命の源」である食物と空気を口と鼻から取り入れます。しかし、その代償として体の入り口である口腔、鼻腔、咽頭は常に細菌、ウイルス、粉塵、異物などに曝されることになります。こうした危険から私たちの体を守るために、口腔、鼻腔、咽頭は食物や空気の単なる通り道というだけではなく、実に巧妙な免疫機能と神経機能を備えています。それゆえ、口腔、鼻腔、咽頭に慢性の炎症が生じると、その局所では症状が乏しくとも同部位の免疫系や神経系を介して全身の免疫、神経機能に影響を及ぼし、結果的に口腔や咽頭とは一見、関係がなさそうな様々な体の不調や疾患を引き起こします。

例えば歯周病があると、以下の疾患のリスクが高まることが知られています。

  • 低体重児出生(胎児の発育不全)
  • 関節リウマチ
  • 虚血性心疾患
  • 脳梗塞
  • 骨粗鬆症
  • 糖尿病の悪化
  • 高齢者の誤嚥性肺炎

こうした背景から1997年に米国歯周病学会は歯周病予防キャンペーンで”Floss or die” 「デンタルフロスをしますか?それとも死にますか?」というセンセーショナルなスローガンを発表し、世界に衝撃が走りました。

口腔病巣疾患についての詳しい内容はこちら

病巣疾患のルーツ「病巣感染」という考え方

今から遥か昔の紀元前、医学の父といわれるヒポクラテスの時代から「体のどこかに細菌などが感染した病巣があって、それが原因で感染した場所とは違う、離れた場所に病気が起こる」という考え方がすでに存在していました。

20世紀の初頭にこの考え方が「病巣感染」として脚光を浴び、中でも病巣感染の原因として扁桃炎と虫歯が着目され、盛んに扁摘と抜歯が行われた時代がありました。

先ず、虫歯と全身病に関して、イギリスの医師ハンターが「病気に罹った歯はそこから排泄される細菌が血液にのって、遠く離れた部位に二次的に病変(病気)を生じさせる」(口腔敗血症)という概念を1911年に英国の権威あるLancet誌に発表し、一方で「不潔な歯科治療が全身的な病気を作る」と警鐘を鳴らしました。この説は欧米で一時期は熱狂的に支持され、抜歯が無批判にどんどん行われたとされています。ちなみに、虫歯や歯周病が原因で全身に疾患が生じることを「口腔病巣感染」と呼びます。

次に、口腔の一番奥に位置し、口腔の門番として機能する扁桃(正確には口蓋扁桃)が細菌感染などで炎症を起こすと、それが原因(原病巣)で心臓病、腎臓病、関節リウマチなど様々な疾患(二次疾患)を生じる(扁桃病巣感染)として、やはり20世紀の前半には大変な注目を集めました。「病巣感染」という概念を1921年に初めて提唱した米国医師ビリングスによれば病巣感染の原因(原病巣)は扁桃(扁桃病巣感染)が60%で口腔病巣感染が25%としています。その影響を受け、20世紀の中頃まで劇的な臨床効果が期待されて片っ端から扁摘が行われた時代がありました。しかし、その後は原病巣である扁桃炎と二次疾患との因果関係に関して必ずしも十分な科学的証拠を見いだすことができず、また、過剰適応気味に扁摘が行われたことに対する医師間での反動もあり、20世紀終盤には二次疾患に対する扁摘はあまり行われなくなりました。

その後は、必ずしも特別な細菌感染が存在しなくとも扁桃の炎症により二次的疾患を引き起こしうる、ということから「扁桃病巣感染」という言葉はあまり使われなくなり、「病巣扁桃」と呼ばれるようになりました。現在では掌蹠膿疱症、IgA腎症、胸肋鎖骨過形成症の3疾患が慢性扁桃炎の関連する代表的な「扁桃病巣疾患」とみなされており、これらの疾患の治療の一環としてわが国では積極的に扁摘が実施されています。

扁桃と扁桃病巣疾患

扁桃病巣感染が関連しうると考えられる疾患

扁桃炎が原因(原病巣)となり様々な全身の病気(二次疾患)が生じる可能性がある。なかでもIgA腎症、掌蹠膿疱症、胸肋鎖骨過形成症は扁桃炎との関連が強く疑われている疾患である。

慢性上咽頭炎 見逃されてきた重要な原病巣

左右の鼻腔を通り抜けた空気が合流し、下向きに流れが変わるために空気の滞留が生じやすい場所である上咽頭(口蓋垂の上奥)も扁桃と同様に、全身に影響を及ぼす部位として重要です。

ところで、上咽頭の慢性的な炎症状態を慢性上咽頭炎と呼びますが、「病巣感染」という概念が脚光を浴びていた20世紀前半には慢性上咽頭炎という概念はなかったようです。「口腔病巣炎症(感染)」と「扁桃病巣炎症(感染)」は欧米で生まれた概念ですが、特筆すべきことに慢性上咽頭炎は1960年代に大阪医大の山崎春三氏、東京医科歯科大学の堀口申作氏らにより提唱された日本オリジナルの概念なのです。

残念ながら両氏が精力的に研究を積み重ねた後は、発祥の国であるわが国でも慢性上咽頭炎の研究が途絶えてしまい、慢性上咽頭炎の概念は50年経過した今日でも、いまだ臨床現場には定着しておりません。しかしながら、最近になり、慢性上咽頭炎の重要性を示唆する知見が幾つか報告され、再び注目を集めつつあります。

上咽頭は扁桃と同様にリンパ球の豊富な部位であるため免疫疾患の原因となり得ますが、さらに興味あることに、扁桃とは異なり、上咽頭は迷走神経の支配を受け、上咽頭の周りには神経線維が豊富に存在しています。そのため、この部位の慢性炎症は自律神経障害をはじめとする神経系の異常に繋がります。

さらに詳しい慢性上咽頭炎の説明はこちら

三大病巣炎症

前述した、ハンターやビリングスの時代から欧米を中心に展開されて来た「口腔病巣炎症」、「扁桃病巣炎症」に日本オリジナルの「慢性上咽頭炎」を加えた三病巣を全身に多大な影響を与える三大病巣炎症と私たちJFIRでは捉えています。

ところで口腔病巣炎症は虫歯や歯周病のことを指しますが、それ以外にも噛み合わせの不具合や歯の欠損、あるいは歯科治療で用いた金属を原因とする口腔内の異常が全身に影響を及ぼすことが知られています。実際、日常生活に支障を来すほどに低下した高齢者の背生活の質(QOL)が適切な義歯の装着によりしばしば劇的に向上することや、歯を数十ミクロン削る微妙な噛み合わせの調整により、体の歪みが改善し、腰痛などに好影響を与える等の事実は歯科医以外の医療関係者も広く知る価値のあることです。それ故、全身に影響を与える歯の問題は虫歯と歯周病のみにとどまらないので、歯の問題に起因する全身症状は広い意味での「口腔病巣疾患」、あるいは「口腔病巣症状」という考え方が妥当と思われます。

つまり、扁桃炎が影響を及ぼす二次疾患を「扁桃病巣疾患」、上咽頭の慢性炎症が影響を及ぼす疾患を「上咽頭病巣疾患」、歯科領域の異常が影響を及ぼす疾患を「口腔病巣疾患」と定義すると理解が容易になります。これら三大病巣が関連する疾患は多彩で、しかも、興味あることに様々な共通項があります。例えば手と足に膿疱性の湿疹ができる掌蹠膿疱症は扁摘、上咽頭擦過治療、歯科治療がそれぞれに効果のあることが報告されており、これら三病巣に共通するメカニズムが存在することが示唆されます。

口、鼻、のど(咽頭)から始まる全身の病気

食物と空気の入り口である口腔やのど(咽頭)の慢性炎症や不具合が原因(原病巣)となり、自律神経系や免疫系などの異常を介して、歯科や耳鼻咽喉科以外の様々な診療科にわたる多彩な疾患が引き起こされる。

これらの三病巣以外にも、頻度は少ないですが原病巣は存在します。例えば近年、腸が脳や全身に与える影響に関する興味ある知見が多数報告されていますが、小腸はリンパ球などの免疫担当細胞が極めて豊富な臓器であり、食事-腸-全身という視点も今後は重要性を増すと予測され、「腸病巣疾患」というような考え方が出てくるかも知れません。

病巣疾患克服への障害

病巣疾患の根治を目指すためには症状を起こしている二次疾患に対処するだけでなく、当然のことながら原因となっている病巣(原病巣)にもしっかりと対応しなくてはなりません。

例えば、扁桃病巣疾患の一つであるIgA腎症の場合、血尿やタンパク尿の原因となっている腎臓の糸球体の炎症を抑えるためにはステロイドなどの治療が必要で、それにより一定の効果は得られます。しかし、寛解、治癒を目指すためにはこれらの治療に加えて、原病巣である扁桃を手術で摘出することがしばしば必要となります。ステロイドなどの内服や点滴治療は内科医や小児科医が得意とする分野ですが、扁摘ができるのは耳鼻咽喉科医です。ですので、IgA腎症の寛解・治癒を目指すためには内科医や小児科医と耳鼻咽喉科医の協力が必要です。しかし、実際の医療現場では診療科をまたぐ協働治療は必ずしもスムーズではありません。

これが、医師と歯科医師の協働治療となると、さらにハードルが高くなります。例えば掌蹠膿疱症の患者さんを診るのは皮膚科医です。患者さんを診察して「扁桃が関与していそうだと皮膚科医が判断したら、耳鼻咽喉科に紹介します。掌蹠膿疱症は扁桃病巣疾患として耳鼻咽喉科医の間ではすでに広く認知されていますので、殆どの耳鼻咽喉科医は扁摘手術を了解し、適切に実施してくれると思います。

しかし、扁摘をしても症状の改善がはかばかしくない掌蹠膿疱症の患者さんも中にはいます。では、次に歯科領域の問題が原因として疑わしいとなった時に、多くの皮膚科医はそこで逡巡してしまい、次のステップに進めなくなります。なぜなら、適切な紹介先となる歯科医を医師は知らないからです。実際、口腔病巣疾患に詳しい歯科医でなければ適切な診断と治療は困難ですが、全ての歯科医がそうした診療ができるわけではなく、そのような力量のある歯科医がどこにいるのか、殆どの医師は知りません。

結局、掌蹠膿疱症についてご自身でよく勉強している患者さんが、治してくれそうな歯科医を患者さん自身で探して、藁にもすがる思いで歯科医院の門を叩くというのが現状ではないでしょうか。

さらに詳しいIgA腎症の説明はこちら

病巣疾患克服のために -日本病巣疾患研究会(JFIR)が目指すこと-

これまで述べたとおり、病巣疾患の根本治療には診療科の枠を越えた専門性の異なる医師と医師、あるいは医師と歯科医師の協働の診療が必要になります。それを実現するためには異なる診療科の医師や歯科医、そして、時には他の医療専門職も加わり、自らの専門性を生かしながら、互いの専門性を尊重し、診療科の枠を越えて様々な病態について同じ土俵で議論し、学習し合うことが重要になります。そうすることにより、医学における点と点が線として結ばれ、その線が太くなることにより、従来の対症治療に根本治療を加えた、より有効で優れた治療の実現につながることが期待されます。私たちはこうした点と点を結ぶ線に焦点をあてた医療活動を展開すべく日本病巣疾患研究会(JFIR)を設立しました。

現代医学のもとでは細分化した専門領域別に患者さんの診療が行われている。病気の症状のみでなく、根本原因を含めたトータルな病態を俯瞰することにより、患者さん一人ひとりの根本治療を探求し、それを実臨床に導入することで既存の専門領域別医療の機能を補完し、「木を見て森も見る医療」を実現させることがJFIRの目標である。

日本病巣患研究会(JFIR)の使命

こうして、様々な病気やその原病巣を俯瞰することにより、原病巣のさらなる原因である病気の最上流が見えてきます。例えば、慢性扁桃炎、歯周病、慢性上咽頭炎のすべてに関連するのが口呼吸の習慣です。浄化機能や加湿・加温作用のある鼻呼吸と異なり、口呼吸では浄化や加湿がされていない吸い込んだ空気が直接気道に入るため、扁桃炎や慢性上咽頭炎が生じ易くなり、口腔内の常在細菌叢の乱れも引き起こします。

そして、原病巣の元凶になる口呼吸の原因としては食習慣を含めた生活習慣、咬合の問題、鼻炎による鼻閉など様々な要素がさらに関係してきます。

病気は進行すればするほど患者さんも大変ですが、それにかかる医療費もどんどん膨らみます。一方、病気を早期に、そして根本的に治すことは患者さんの一人ひとりの幸福をもたらすのみでなく、国民医療費の軽減にもつながります。さらに、病気の最上流を知ることは疾病の予防につながり、その恩恵は計り知れません。

IgA腎症を例にとると、腎症が進行するにつれて薬の数と量が増え、医療費がどんどん膨らんで行きます。そして、最終的に末期腎不全に陥り透析医療が必要になると一人当たり年間約500万円の医療費が透析医療に費やされます。一方、腎症の早期であれば根本治療で寛解・治癒が得られるため、患者さんは病気から解放されます。そして、さらにIgA腎症を引き起こす原病巣を未然に防ぐことができたなら、IgA腎症の発症それ自体を防ぐことに繋がるでしょう。

私たちJFIRは医学の点と点を結ぶことで既存の医学会の機能を補完し、点と点を結ぶ線を見つけ、それを太くすることで疾病の根本治療につなげ、また、病気の最上流まで俯瞰することにより病巣疾患の原病巣を作らない方策を模索し、その啓蒙活動により疾病の予防に寄与することを目指します。そして、その先には小児から高齢者まで、日本国民の一人ひとりが、活力のある幸福な日々を送る姿があります。

口呼吸によって引き起こされる病気など

参考文献

  • Hunter W. The role of sepsis and antisepsis in medicine. Lancet 1911;1:79-86, Billings F: Focal infection: the Lane medical lectures. New York: Appleton and Company,1916
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  • 松村龍雄『食物アレルギーと病巣感染がひきおこす小児難病の治療と研究』中山書店 1992年
  • 安保徹『医療が病いをつくる−免疫からの警鐘』岩波新書 2001年
  • ジョージ・E・マイニー著、片山恒夫監修、恒志会訳『虫歯から始まる全身の病気』農文協 2008年
  • Harabuchi Y: Recent advances in tonsils and mucosal barriers of upper airways. Randolph G eds. Advances in Oto-Rhino-Laryngology. Karger, Basel, 2011
  • 堀田 修、相田能輝.『道なき道の先を診る』医薬経済社 2015年